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シロチとちびたん

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お昼寝

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壬生狐

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壬生狐         聖@浅葱

 ……まだ夢を見ているのだろうか。
 現つのモノか、魔のモノか。ぼんやりとした視界のなかで、ソレはゆらゆら、ゆらゆらと形になりそうでいて、結局なんの形にもならず、しかし、障子ごしに射しこむ月華をのみこんだように、たしかに鈍い黄金色の光のかたまりとなって漂っている。だが、この時はまだ、恐怖はなかった。
 元治元年一月末。壬生にある新選組の屯所、凍えるような夜明け前の自室で、副長山南敬助はそんな人外の訪れを二日も受けていた。それは同じ副長土方と、新選組のありかたをめぐって激論を重ねていた連夜のことだった。
 そうとう神経がまいっている……山南はそう痛感したが、それにしては残映がひどく生々しい。ともかくも、夜明け間近の残月の蒼がみせる、なんとも不思議な光景だった。

 そして翌日、屯所はむっとするほどの血の匂いに包まれていた。
 土間には惨殺された隊士の死体と、息もたえだえの半死半生の血まみれの隊士が運びこまれている。
 死体はみるも無残に身体じゅうを滅多斬られ、それはまるで何かに食いあらされた残骸のようなありさまだった。もうひとりの隊士は、玩ばれたような刀傷を全身いたるところにうけ、失血でもはや手の施しようもなく、犯人の手がかりをつかもうとする土方の容赦ない問いに「金色の化け物が……」と呻き、ほどなくはてた。
 傍らでそれを聞いていた山南は、すぐさま湧きあがるような胸騒ぎとともに連夜の怪異を脳裏に浮かべた。気づくと、土方もその最期の言葉に呆然と死体を見おろしている。
 隊士の惨殺事件は、昨年末から数えてこれで三件めだった。いずれも非番で遊興しての深夜の帰り、屯所へと通じる人気のない林のなかで起きている。
「ひどいな」
「殺ったのは、長州者だ」
「長州か。だが、これはとても人間業とは思えぬ。たとえば魔界の……」
 山南のそんな呟きに、土方が片眉をピクッとあげた。いつもなら冷笑気味で答えるその顔が、この時ばかりはやけに蒼白く真剣みを含んでいた。
 山南はふと、土方も不眠の夜が続いているのではと想像した。
「話しがある」
「こんなときにまた攘夷論か? もうその話は聞きあきたぜ。新選組に余計な思想はいらねえ、戦闘の機能があればいい。すなわち純粋な武士道さ。おれが信じるのはそれだけだ」
 山南は「ちがうんだ」とかぶりを振り、ここ二日の夢のような光景を詳細に声をひそめて語ってみた。さきの土方の表情にそくされたのだ。
 土方は「黄金の光のかたまり」と聞くと、一瞬瞠目して身に緊張を走らせた。が、訝しく見つめる山南に気づき、ことさら刺々しい嘲笑の顔をつくった。
「馬鹿をいうな。こんな事件のさなか新選組副長たるものが金色の狐、妖怪のたぐいに怯えているなぞと噂がたってみろ、士気にかかわるぜ。二度と口にしないでくれ。おれはそんなことにつきあってる暇はねえ」
 土方は会話はこれで終わりだとでもいうように、吐きすてた。取りつく島もない拒絶だった。

「土方さんから聞きましたよ。なんか変なモノが出たとか」
 鴨川の畔を歩く山南の傍らで、沖田総司はまるで子供のように興がった。
「ああ、あれは嘘だよ。土方は隊士に鬼なんぞと呼ばれてるだろう。だから少し恐がらせてやろうと思っただけさ」
「なーんだ。でもさ、あの人には恐いモノなんかないでしょう? なんたって、あの人自身がこの世の何にもまして恐いんだからさ」
 沖田がケラケラと屈託なく笑う。
「土方は誰にも言うなと、きつくいっていたが、総司には話したのか?」
「そういえば光のかたまりとか金色の狐の夢をおまえは見ないかと、冗談めかして聞かれたんですよ」
 と、キラキラと光る水面で陽炎のように何かがゆらめいた。山南はゾッと総毛立つ感覚に思わず息をのみ、ソレを凝視した。
 そこには金色の羽毛のようなモノがふぅわりと浮かんでいる。
「サンナンさん?」
 沖田が声をかけたその時、ふわふわと漂っていたソレは、突然ものすごい勢いで水面から立ちのぼり、瞬く間に視界のすべてを金一色に染めた。その眩い光のなかで山南が見たものは、なんと大きな金色の狐だった。
 狐は、黄金に輝く美しい毛並みを煌めかせて、次の瞬間、目にもとまらぬ素早さで山南にむかって飛翔してきた。
『許さぬ、許さぬぞ。我が都を荒らす者たちには、おぞましい報いが待っている。破滅の道が待っている』
 憤怒をこめた低い声とともに眼前に迫ったその顔は、まがまがしくも美しい妖狐そのものだった。
 山南は底知れぬ恐怖に、ゾッとしてうずくまった。やがて、狐はそれを嘲笑うかのように掻き消えた。
 ……ふと気がつくと、沖田が心配そうな、しかし、きょとんとした顔で山南を覗きこんでいる。
「そ、総司、何か見えたか」
「何かって、何をです?」
 沖田にはいまの狐が見えなかったのだ。山南は「いや、いい」とごまかし呟くと、白昼夢を振りきるように勢いよく立ちあがった。
 そこでふと、気づいた。たしか土方は先日の自分の曖昧な話を聞いて「金色の狐、妖怪のたぐい」といった。そして沖田にもそう問うた。
 だが、自分はまだ、ソレを狐の形として見ていなかったのだ。そう、この今の今まで。
 アレは、夢などではない。むろん疲れからくる幻覚などでもない。山南はひとつの確信をもった。
 土方もアレを見てしまっている……。

 数日後、またもや壬生ちかくの陰気な林のなかで、隊士の惨殺体が発見された。それはいままでと同様、酸鼻を極めたひどいありさまだった。夜の遠出も禁じられたなか、その隊士は何かに取り憑かれたようにふらふら寝床を離れていったという。
 死体を前に、土方が疲労を濃くした顔で不機嫌に黙りこんでいる。と、山南の視線を感じたのか、そっちを見ていいようのない表情をしてみせた。山南は困惑極まったとも開きなおったともいえるその顔を、目まぜで自室へと誘い背を向けた。土方はむっつりとついてきた。
「知っているか。都を騒がす壬生浪、すなわち新選組は狐にたたられていると、そんな噂が京の町に広まっているのを。狐というのは黄金色に輝く九尾の狐、王城の守護神と伝えられている。その昔、平安京南西の方角、裏鬼門に位置していたこの壬生は鬼や鵺といった人外のモノたちが跳梁する異界だったそうだ。その夥しい魔のモノを千年もの間おさえつづけていたのが、その九尾の狐だ。古い文献を調べてみた」
「笑わせるぜ。これは狐なんかじゃねえ、長州の仕業さ。それが証拠は今日の高札場の文書だ」
 土方は苛立たしげにいった。この日、四条大橋東詰の高札場には、会津藩や新選組を中傷する文言が掲げられていたのだ。これは、前年の政変で都を追われた長州系の尊攘派浪士によるものと考えられた。
「そうかもしれぬ。だが、ではなぜ、きみとわたしは同じ幻を見ているのだ。きみにも、夜明け前まるで夢のように九尾の狐が訪れたはずだ。『都を荒らすな』と。おかげでお互いに不眠の身だ。そうなんだろう?」
 土方は否定しなかった。できなかったというべきだろう。
「夢など似たりよったりさ。たまたま同じ夢を見ただけの話だ。魔界の狐とやらが人をあんなふうに殺せると思うか。おれは信じねえよ。九尾の狐なんぞと埃をかぶった伝説を利用し、くだらねえ噂を流したのは長州のやつらだ。我らを混乱させるのが目的だろう。それとも、ほかに証拠があるというのか」
「どうやら、この壬生でアレを見てしまうのはわたしたちだけだ。新選組の実働を指揮する副長ふたりだけになぜ現われるのか、しかもその組織の方向で議論をたたかわせているこの時に。それが解く鍵かもしれない」
 ようやく胸におさめていた不可解を吐きだすことができたのか、土方が本領ともいえる冷笑で答えた。
「おれたちが九尾の狐に惑わされ、いいように操られているとでもいいたいのか。馬鹿馬鹿しい。そもそも京を荒らしているのは志士づらをした連中のほうだぜ。むろん芹沢のようなやつらもいたが、新選組こそ京の守護をはたしている。いや、これからは厳しくそうあらねばならぬ」
 山南は黙りこんだ。だが土方の反論に屈したというのではなかった。「では、その証拠を見せよう」と確信の顔で土方を見た。土方もその強い眼差しには息をのむほどだった。
「壬生のあの林の奥には、うちすてられたような小さな祠があった。昼間、歩きまわって見つけたんだ。今夜つきあってくれ」

 そして、その夜……。空には月も星もなく、ただ漆黒の闇ばかりがひろがる四更の頃、山南と土方は灯りももたずに、シンと静まりかえった林の中を奥へと歩いていた。
 山南はまるで彷徨っているような感覚になっていた。が、背後の土方をうかがえば、静かに殺気を潜ませた臨戦態勢なのはさすがだった。
 ……と。
 突如、ひとすじの月華が木々の間から降りおち、眼前のわずかに開いた闇のなかに朽ちた祠がぼんやりと現われた。その奥の闇溜りに山南はふと何かの気配を感じた。
 そのときだった。
 ふたりの背後にいくつかの殺気が走り、土方が咄嗟に矢のような抜きうちを放った。とたんにおびただしい血飛沫と凄まじい悲鳴があがる。
「サンナン、狐の正体みきわめたぜ」
 そう叫んだ土方の足元に、ひとりの男が音をたてて崩れおちた。
 ふたりは、いつのまにか十人ほどの浪士にかこまれていた。いずれも無言、無表情の操り人形のような不気味さだ。
 そして、祠の奥から浪士たちを指揮するかのごとく、金色の毛をシャグマのようにふさふさとさせて顔を隠した、浪士然とした男が現われた。
「貴様が長州の狐か」
 土方が低い声でシャグマに言った。男はゆらりと揺れて、およそこの世のものとも思えぬようなまがまがしい顔をのぞかせ、ニヤリと笑った。
「ちっ、めざわりな。おい、金色。そんなかぶりものなぞ邪魔だろう。そんなものをつけたままじゃ、おれの相手はつとまらねえぜ」
 土方の言葉が終わるやいなや、男は野獣のような咆哮をあげ、それを合図に浪士らが一斉に斬りかかってきた。
 土方は初撃をヒラリとかわし、間髪いれずに次の男を逆袈裟で斬り、すばやい身のこなしで先の男の顔面へ切尖を浴びせた。山南の動きも速かった。土方と同様、一瞬にしてふたりの男を倒している。だが、浪士たちはまるで恐怖などしらないかのように、次々とふたりの懐へと飛びこんできた。
 凍る夜闇のなかに、荒い息づかいと断末魔の絶叫、そして鋭い金属音が響きわたる。ふたりは絶妙な間合いで浪士たちを次々と斃していった。
 が、その剣戟の間中、金のシャグマの男は息をひそめたように祠のそばに立っていた。山南は射抜くようなその視線を背に感じた。それは目前で刀を揮う浪士たち以上に、圧倒的な存在感を放っていたのだ。
 やがて浪士らはすべて斬りたおされ、ふたりは荒く息を吐きながらシャグマ男へと刀をむけた。
「サンナン」
「わかっている。下手に動くな、と言うのだろう」
 ふたりの足場は、いまや浪士らの死体とその刀で最悪なものとなっていた。
 そのとき、シャグマ男が跳躍してきた。それは野獣のごとき敏捷さでふたりの頭上をこえて背後に着地し、身を沈めたかと思うと、ふたりの応じるいとまもなく身を翻し消えた。
 気づくと、山南は肩口をざっくりと裂かれ、はやくも刀の柄まで血が滴っていた。唖然としてとなりの土方を見ると、驚愕の横顔のその頬にひとすじの血がつたっている。
 だが、まだ土方のほうが冷静だったようだ。山南が気づくよりさきに、シャグマ男の金髪を頭上の木立の枝分かれのところに認め、刀をすばやく躊躇なく投げつけた。
 山南はすでに視界がぼやけていた。血が急速に流れでている。不覚、と思うまもなく、がくりと膝をおった。が、視線は外さなかった。
 シャグマ男は軽々と跳躍し難なく刀を避け、そのまま空手の土方へと飛んだ。しかし、土方はそれを計算していたのか、やられるような寸前、瞬息で抜いた脇差で急降下してくる男へあやまたず斬撃を送った。
 シャグマ男の金色の髪がぱっと散ったように見えた。その眩いばかりの飛散のなか、浪士然とした男の姿形は雲散霧消し、そして、まるで残映のごとくゆるりと着地したのは……。
 ふさふさとした黄金色の毛並み、ピンと尖らせた耳の、爛々たる真っ赤な瞳も鋭い、あの夢幻の狐であった。
 狐は、漆黒の闇に彩られた目もくらむ煌めきで妖艶に輝き、ニヤリと笑ったかのようだった。
 土方はすでに手の脇差を吹きとばされていた。しかし、それでもこの男の闘争本能に終わりはなく、すばやく山南の刀を奪いとった。
 山南は「よせ!」と叫んだ。
「むだだ。こいつは正真正銘の王城の守護神だ。人間にかなうわけがない」
 だが、土方は蒼白の顔貌にひとすじの血を滴らせ、まるで魅せられたような表情で歩みだす。
「化け物狐め。どちらが真の守護神か、おれがきめてやるぜ」
「よせ、土方!」
 土方が上段の刀を振りおとすのと、狐が光の矢となって土方を射抜くのが同時だった。そして、どちらのものともつかぬ、咆哮のような悲鳴のような響きとともに、地を揺るがす振動と渦巻く光があたりを包みこみ、そこで山南は意識をうしなった。
 ……最後におぞましい声を聞いたような気がした。

 ふと気がつくと、山南は屯所の自室に寝かされていた。高熱でうつらうつらとした目が最初にとらえたのは、土方の顔貌だった。その頬には、たしかに鋭い爪で裂かれたような、あの傷がある。隣には心配顔の沖田がいた。
「当分の間は絶対安静だそうです。やはり長州の浪士どもの仕業でしたね。しかも、おふたりで十人も斬ってすてるなんてさすがだ」
 仲間外れをくらった子供のようなすねた口調で言う沖田に、土方は近藤局長を呼ぶようにと指示し、沖田は部屋を辞していった。
 山南はふたりきりになると、おそるおそる口を開いた。
「きみは無事だったのか。あの黄金の狐はいったいどうなったのだ」
 土方は声をひそめて囁いた。
「サンナン、おれたちは長州浪士の待ち伏せをくっただけだ。都の守護神とかいう九尾の狐なんぞいなかったんだ。あれはおれのいったとおり、ただの夢だったのさ。都を守護するのは、おれたち新選組だけだ」
 瞬間、山南はあの光の渦のなかで聞いた最後の声を思いだし、慄然とした。『これぞ、わが魂魄なり』と。
 そうか、九尾の狐は土方を選んだのだ。わたしではなく。だが、それはいったいどんな命運なのだろう。うすら寒く索漠とするばかりだ。ただ『破滅の報い』という狐の呪う声がこだまするような……。
 うなり渦巻く高熱のさなか、いたずらに彷徨う思念は、土方の言うとおり、すべては夢のなかの出来事であったかのようにゆきついてしまう。いや、そうであったにちがいない。
 枕元の土方は、いつもの冷笑を浮かべている。が、それはまるで、あの九尾の狐のような艶然たる魔の微笑みともみえる。
 山南はかたく目を閉じた。

 こののち、新選組は土方の主張する武闘の道を突き進んでいった。そしてその命運にただ冥すべく、元治二年二月二十三日、山南は自刃しはてた。
 その最期のとき、部屋へ現われた土方へむかって、彼はこう言ったと伝えられている。
「来たな、九尾の狐め」
               了

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【もしかしたら】未公開写真

   暑い夏デス。shirochi


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シロチは夏バテもせずに元気いっぱい。
毎日走り回ってます(^_-)-☆

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